コンサート
コンサート・・・僕は、同じテーマを3回以上続けたくないので、
このブログ(日記)の始めの「僕の夢」と同じく、今回で、完結する。
近過去から近未来まで、イッキに(奔馬の如く)駆け抜けるので、
チョット長くなるが、ご容赦を!
まずは、(その2)の続きから・・・
僕は、フォーク(ニューミュジック)系の山崎ハコ、中島みゆきの他、
ロック(リズム&ブルース)系ザ・ビートルズ(ローリング・ストーンズは
余り好きではなかったが)、特にジョージ・ハリスンとその友人で
もあるエッリク・クラプトンが好きだった。
僕の大学時代にビートルズが解散し、再結成が叫ばれている
1970年頃(正確には、1974年、今の会社に入社後)、
初めてのボーナスで、オーディオ・セットと1組のレーコドを購入した。
ザ・ビートルズ/ 1962-1966&1967-1970であった。
ビートルズ解散直後に、ジョージ・ハリスンのシタールの師であるラヴィ・シャンカール
(ガイヤ・シンホニィー第6番出演者で、かつ2003年グラミー賞受賞
のノラ・ジョーンズの実父)の要請でロック界初の
大規模なチャリティー・コンサート(バングラデシュ・コンサート)を開催。
ジョージ・ハリスンの他、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、レオン・ラッセル等
が参加したイベントは大成功を収め20世紀最大のロック・イベントとも称された。
僕はこのライヴ盤レコードも直ぐ購入し、何度も聴いた。
今、僕の携帯の着メロ(Tears in Heaven)になっている
エッリク・クラプトンに本格的に出遭ったのもこの頃である。
僕自身の初コンサートやアコースティク・ギターを始めたのも、
1998年頃からである。僕の自宅の真ん前に、ギター教室が
出来た僕は、直ぐに教室に突然訪問し、フォーク・ギターが
弾きたいと言った。
冒頭のクラシック・ギターを10万円余りで購入し直ぐに練習を
始めた。最初に習ったのがイルカの「なごり雪」、続いて
河島英五の「酒と泪と男と女」の曲を習った。
始めて、ミニ・コンサートで仲間内の曲はビートルズの
「イエスタディ」を選んだ。何回も練習したのに、メロメロ
だった。始めて人前で弾く難しさを知った。
初めてのお披露目コンサートはモット酷かった。
曲は、「グリンス・リーブス」チョットした小曲だった。
30~40回練習し、暗譜できるようになった。
リハーサルでも硬いが弾けていた。
しかし極度の緊張から、本番で名前と曲名の紹介の
後の観衆の拍手でスッカり上がり、頭の中は真っ白け、
すっかり曲を忘れてしまった。手は震え出し、30秒の
沈黙の内に、弾かずに退席した。
後で聞いた話しによると皆、人前で演奏するには、
数十回どころか数百回、プロは同じ曲を千回以上も
上手く演奏するには練習するそうだ。
半年後の2回目のお披露目コンサートは、色々と工夫した。
まず、暗譜せず楽譜を見て、かつ百回以上練習し、
尊敬するエリック・クラプトンがアンプラグダで演奏した
衣装を真似た。曲はジョン・レノンの「イマジン」で、
そして曲紹介の後、拍手の前に演奏を開始した。
何とか最後まで弾けたが、イメージとおりではなかった。
録音された本番のテープを聴いて愕然ともした。
その頃に同じく入っていたギター・アンサンブルのサークル
一本に絞り、個人レッスンは終了した。
ちょうどミレミアム2000年頃である。
その数年後、2,3回のボランティアのコンサートを楽しんだ。
その後、新宿厚生年金会館で女房と二人で「綾戸智絵」の
ライブ・コンサートへ行き2003年~2005年にかけ、2回ほど
「綾戸智絵」のコンサートだけは女房は付合ってくれた。
その翌年2006年に六本木のジャズ・レストランの
STB139スィートベージルで、
クラプトンのTears in Heavenをカバーした縁で
好きになった「鈴木重子」のコンサートで、
何年か振りに夕食を二人でしながら聴いた。
しかし、クリスマスの「鈴木重子」のコンサートは、
行かないと女房は言いだし、結局、高校時代の
男の親友と行った。
そして、来週の日曜日9月2日(日)に、六本木のジャズ・レストランの
STB139スィートベージルで、「綾戸智絵」のコンサーとを仮予約し
女房を誘っているが、また行かないと言い出していて、3日前までに、
キャンセルするかどうか思案している。目下の最大の悩みである。(完)
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